銀の道を歩いて~2日目、古道を辿る②~

January 31, 2019

峠下集落の西田をあとに、温泉津沖泊道としては難所となる降路坂(ごうろざか)の峠に差し掛かります。

 戦国時代は銀山の支配権をめぐって毛利氏と尼子氏が戦った場所のひとつ。銀の道としては沖泊・温泉津への運搬の他、鉱山や生活に必要な物資、使役牛馬、様々な人々が往き交った場所です。

 

「暮らしの道」としての役割は既に終え、現在は自然や歴史を楽しむハイカーが「たまに」歩く径となっています。(世界遺産の構成資産「温泉津沖泊道」及び中国自然歩道に指定。)

 

峠までの登りはスギやヒノキの植林帯が続く中、所々に古い石垣や道標などが点在しています。

 地質と地形的に風雨による浸食が進んでいるため、往来華やかなりし頃の道と現在の径では、谷の右岸左岸だったり樹々の間だったり、若干付け替えられている区間も多い印象でした。実際、ここ数年の風雨により、現在の径も所々で崩壊崩落が発生し、「路肩注意」のサインと応急処置がなされている場所がありました。

 

かつて昭和の初め頃までは茶屋が営まれていた降路坂の峠。

銀の道としては役割を終えても、戦前までは暮らしの道として里人が歩いていたことを物語っています。茶屋跡の背後の斜面に刻まれた文字。

 茶屋跡からは一路、銀山柵内(さくのうち)を目指します。

登ってきた西田側とは異なり、銀山側は落葉広葉樹の二次林の中の径を下ります。戦国大名が銀山を争った頃に築かれた山城跡が遺るピークや鉱山街の大森地区へ至る谷筋などを眺めつつ。

 江戸時代は幕府直轄であった銀山柵内への出入りを見張った番所のひとつ、坂根口番所跡。ここから銀山です。

 

 

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